BODY SPROUT 20周年連載 第九話 「2014年 毎週土日に消える夫、そしてワンオペの私」

ワンオペ育児は常にデフォルト状態でした。
いい加減、私もそういうものだと諦めをつけてその中でできることを前向きにやれば良かったのですが、
どうにも、生き方が下手くそでした。
愚痴が非常に多かったです。

今思えば、夫は精一杯仕事をしていました。
これといった趣味もなく、パチンコやギャンブルもしない、酒もタバコもしない。
流行りの歌手やTV番組も知らない、200%仕事星人なのは、昔も今も同じです。

あっ、去年からそんな仕事星人の夫にもゴルフという趣味ができました!
ただゴルフ専用の整体パンツがありますので、結局ゴルフも仕事に絡めていますね(笑)
ゴルフのラウンドから戻ると、また新しいアイデアを持って帰ってきます。


さて、当時に話を戻しましょう。

夫の夢・仕事を応援したいし支えたい、そして同時に、自分も理想的な子育てをしたい・・・
という矛盾がずっと私の中に混在していて、
ついにその矛盾は解かれることなく、子育て期間はカオス状態で続行していました。

そして今は末っ子が高校生。ラストスパートに入っております。バンザイ。

私は自分の大変さばかりを振りかざし、大騒ぎしていました。
というのも、自分の中での理想は、夫も少しは育児に関わって欲しい、
家族で時間を共に過ごしたい、という願いがあり、どうしてもその想いを捨てきれなかったのです。

子どもが小さいのは、その期間だけですから。
その時に夫不在になると、家族の図は欠けているのです。

そのことをどう伝えようとしても、とうとう伝わることはありませんでした。

いや、「伝わっている」と夫は主張していましたが
その上で「今、仕事の基盤を作っておかねば将来はないのだ」との主張を曲げることはありませんでした。

「今、この瞬間」を大切にしたい私と「将来の世界」を優先にする夫です。

ダメもとで何度も主張し、バトルになり、敗北する、の連続でした。
両者一歩も引かないのです。
夢・仕事を最優先する夫、家族との時間が欲しい妻。
折り合いをつけることの難しさを体感しました。

こういうことで離婚が起こるのだな、と何度も思いました。

そしてまたもやここで記憶力の限界がきて筆が止まってしまったので
当時綴っていたブログに頼ります(笑)

2014年2月8日は記録的な大雪が降ったようです。
その日は長男の13歳の誕生日当日で野球の遠征も中止。
その後も積雪が残り、小学校が休校となって、子どもたちがそり遊びをしたり、カマクラを見つけたりした
楽しい思い出が綴られていました。

また、次男は特に少年野球クラブに入るつもりはなかったのに、よくある「野球人口不足で弟たちは強制的に入部させる」戦法で
当時いた部員の弟たち3人は有無も言わせず入部という流れで、兄と同じチームで野球をしていました。
その次男が2014年頃は高学年になっており、主力選手に仕立て上げられようとしていることに抵抗し
ある日「練習に行かない!」と言って裸足で逃げ出したりすることがありました。

私の説得では限界を感じて、夫に連絡すると、電話の一喝で次男が即座に準備を開始し練習に出かけたこともありました。
普段不在でも、父親の役割は果たしてくれていたのだと思い返せる日記に出会い、少し嬉しかったです。

そんな反抗的な次男がその後、福岡の高校に野球留学することになるとは思ってもみませんでした。

私は常にワンオペを主張してばかりいますが、夫も日頃から不在を責められ続けていたせいか、
夏と冬の家族旅行だけは必ず実行してくれました。
底値の宿を探し、ワンボックス1台で6人移動、それだけでとても楽しいのです。
6人で泊まれる底値の宿探しは、私の得意技かもしれません(笑)
必要あらば、ご連絡ください。
少し、アドベンチャーな宿になることはご了承くださいね。


次回、2015年 BODY SPROUT誕生。そして、再び起きた波乱。