BODY SPROUT 20周年連載 第七話 「2012年 倒れても、また立ち上がる人」

2011年、震災の後、それまで5年間積み上げて来た整骨院事業がポシャリと崩れて多額の負債も負い、
子ども4人抱えて小林家はどのように生き延びるのだろうか!? という局面でした。

実は、ちょうどその大事件の2ヶ月前に、自宅の購入を契約していました。
その毎月のローン返済が春から開始することも決まっていたのです。
この大事件後、収入源も激減するし、やはり自宅の購入は取りやめて質素にマンション暮らしを継続しよう、と問い合わせるも、
解約金が現金で何百万円も必要、ということで断念。
泣きながら多額ローン返済を続行するしか道が無くなりました。

もう、他に道がない、「やるしかねぇ」状況です。
もしかしたらこの戸建てに住むことになるのも運命だったのかもしれない、と思うことにしました。

実は、我々が結婚した当初、家賃55,000円のボロアパートから伸びる道路に向かって散歩していていた時、
「この周辺の戸建てにいつか住みたいね」と言っていた、ちょうどズバリその辺りの家だったのです。

キツイ状況に陥りながらも、何とか生き抜くことができました。


話は事業にもどります。

多店舗展開を進めていて整骨院+整体院を5院まで増やしていましたが
2011年3月の事件で当初の「宮前まちの整骨院」一軒だけに戻りました。

「地に足をつけて、一からやり直す気持ちで行けよ」という暗示のようでした。

一旦は誰もいなくなった社員も徐々にM氏が悪者だったと気づく人も出てきて、数名戻ってきてくれたのです。感謝です。

そして2012年、突然開始したのが、協会です。
「協会?何それ?会社とはどう違うの?」私はそこからでした。。。

いつも夫が苛立っていたのは、私の知識がついていっていなかったからかもしれません。
しかし、そんな人の協力も必要なのであれば、落ち着いて説明して理解してもらう必要があります。

自院の整骨院でいくら患者様を救えたとしても、救える人数には限りがある。
代表はもっと多くの人々を体の痛みから救いたい、その方法を模索していました。

ちょうどその頃、治療内容を講義するDVDを出す運びとなり、治療家業界の中で売れていたのです。

そこからヒントを得たのか、他の整骨院の先生方にも「猫背矯正」という万能な治療法を伝授すべく
「一般社団法人 日本施術マイスター養成協会」を2012年10月23日に設立いたしました。

どんより曇っていたその日、登記するために一緒に法務局へ出向いたことを覚えています。
これから頑張ろう、という気持ちを込めて、法務局横のローソンでアイスを食べました。

今でこそ、「猫背矯正」、「姿勢矯正」は見慣れたワードとなっていますが
代表がこのメニューを開発した2007年には、どこも打ち出しているところはありませんでした。

「体の歪みを整えれば、体調不良のほぼほぼは改善する」という治療方針をメソッド化したのが
「猫背矯正」という治療プログラムです。
今でも看板メニューとして多くの方に選んでいただいています。

猫背矯正の施術を受けると、体が軽くラクになるだけでなく、視界が明るく、気分も前向きになるのが不思議なのです。


協会を立ち上げてから、代表は猫背矯正セミナーの講師として、全国各地を回るようになりました。
最初は関西のたった1人の熱狂的な先生から始まったのです。
振り返ってみると、本当に大切な人とのご縁でつながってきたことをつくづく実感します。

前年にはたった1人になってしまった代表・・・。
でも翌年には
全国各地に猫背矯正という代表のメソッドが広がっていきました。

倒れても、また立ち上がる人。
その人自身の強さはもちろん、それを支えてくださる周りの方とのご縁によって
人は何度でも立ち上がることができるのですね。

次回、「夫の夢、自分の辛さ、そのジレンマの狭間で」をお送りします。